2012年10月23日火曜日

4日目(9月19日) 上海→ウルムチ  汽車3日目

2012年9月19日(4日目/18日間)

朝起きてみるとポプラがまばらに生えていたがやがて土漠地帯になってきた。

 
 
まだ甘粛省らしいが左右一面の土漠地帯の真ん中を走っていく.。
 
車窓から見える地面には中国とは切っても切れないごみが。
寝台車は窓が開かないので、前方の普通車両(窓が開くのであれば)か、この車両以外の普通車輌から投げ落とされたものだろう
 
 
 
柳園手前でざっと見て1000機はあろうかという風力発電機群が土漠地帯に展開していた。
 
約4時間遅れで柳園に到着、ここは敦煌の最寄り駅らしい。西欧の団体が降りた。
 

新疆ウイグル自治区に入りハミに午後1時到着する。なんとほこりっぽい町か。前々から気になっていた窓をハミで停車している間に外から拭いた。多少はきれいになったが、ほこりは完全には取れない。この国では車輌は洗浄しないようだ。汚れっぱなし。








ハミを過ぎてから綿花畑などの畑が多少見かけられ、ポプラも多くなり土漠から変化してきた。
車内は完全に飽き飽きモード


 
 

土漠地帯に高速道路が
 
 
 昼寝から起きたらまた土漠地帯、あと2時間でトルファンだというが。
 
 
退屈なのでトイレ撮影



洗面所
 
 
やはり土漠


給湯器、中国人はカップラーメンに、お茶のお湯にと実によく使う。



退屈、実に退屈
 
ウオークマンで好きな曲を聴いたりするが、それもやがて飽き、どうすればいいのだという状態
車内をうろうろするが見に行くところもない。今回読み物を持っていないのが痛い。


同室の河南省出身の、俺と同年輩の彼もどうしようもない状態


乗車したときは筆談で多少話もしたが、筆談では話も長く続かない。
いつも笑顔で連れの奥さんに大変優しい人なんですが。
 
ピチャンのあたりから石油のくみ上げポンプが大量に車窓に現れる。石油の採掘。
10km位続いただろうか、これも1000基レベルの大規模なものだ。漢族によるウイグルの地での原油の盗掘といっていいのではないか。
 
 
ピジャンの駅、これでピジャンと言うんだそうである。??
このピジャンには後日タクラマカン砂漠を渡った後また来ることになる。
 





 西部大開発と称するインフラ整備が進む


盗掘した原油を沿海部に運ぶ貨車
 
 
 


シベリア鉄道にも乗りたいと思っていたが、多分同じ景色が延々と続くのであろう。
もう、この列車で十分だ。
関口知宏の中国鉄道旅行は取り巻きやらがいて面白おかしく番組は進むが実際はそうは行かない。
ひたすら退屈である。
中国語ができれば同室の人といろんな世間話ができて面白いんだろうが





同室の女性陣
俺のベッドが占領されている


 またまた風車群が出現。とにかく風力発電の規模は日本とは桁違いである。

 
 
北京時間午後7時にトルファンに到着。ここからは2時間弱でウルムチだと言う。2時間位と聞いて着いたも同然と言う気になった。たったの2時間と言うような気持ち。


北京時間午後8時半についにウルムチに到着
48時間の列車の旅 4時間遅れ。

交通機関には
安全に、定時に、快適に、安く、速く
などが求められると思うがその他はともかく中国の列車の場合、定時性と快適性は、まだまだだ。
目的地まで連れて行ってやるというのが精一杯ということだろう。


 ウルムチ駅
夕暮れで、駅前はどうなっているのかわからない。どこからタクシー乗ればいいのかわからないし、車だらけ。

列車到着で計算上一度に1000人以上の客が汽車から降りるわけだから、混雑しないほうがおかしいし、混雑する駅前にいない方がいいと思い、
とりあえず駅から離れバイクタクシーを拾うことに。ところが駅前がすごい車の流れで横断に一苦労、しかもバイクタクシーが見当たらない。
どうも禁止されているようだ。仕方なく10分くらい歩いてタクシーを拾うが1台目は漢字がわからないみたいなことを言われて乗車拒否された。



旅行社で手配してもらった、ホテル金谷大酒店(500元、新華北路)に22時(北京時間)頃Checkinその後、飯屋に。
ビールだ。
 

2012年9月20日(5日目)へ続く。(下をクリック)
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1 件のコメント:

  1. 30数年前、東北方面視察中にシステムダウンが発生して、視察を中断して現地案内人に切符だけ購入してもらい、一人で12時間の列車の旅(飲まず食わず)を思い出しました。通路側側の椅子に座り、外はほとんど草木が無い黄土の風景が続いていました.

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